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2009年9月

こんな本を読んだ その226

さて。9月も逝ってしまうけれど、今月は、タチウオ釣りに関して、ルアー釣りを始めて最高のおめでたい釣果に恵まれる結果となったのだ。トータル73。一方、損耗したルアーは3個(いずれも手作りのものだったので、員数を満たすため新たに4個を製作。その様子は後日アップの予定。見てね)。件のタチウオ、スーパーなどで値段をチェックしてみると、まあまあサイズの切り身×4切れで400円少々。73匹となると、これはそれなりの値段になり、「家計のやりくりに貢献したから、新しいルアーを調達するための軍資金をあげましょうね」などとかみさんの勇断が下るということは、絶対にない。

ま。今日は雨降りなので釣行しないけれども、今後、秋が深まるとともに早朝の河口でハマチ&シオ。また、タチウオと入れ替わるようにアオリイカの釣果が上がるようになってくるだろう。楽しみなのである。

こんなふうに、余暇は釣りモード全開なので、読書も釣り関連のものをチョイスすることになる。先日は、柴田 哲孝著 「日本怪魚伝」 角川文芸出版 を読んだ。長編小説「RYU(龍)」や「KAPPA(カッパ)」の中で臨場感あふれるルアー釣りのエピソードを描いておられる氏の、魚と釣りをベースにした短編集。地元の図書館も、なかなかシブイ本を収めてくれているものである。読み始めるとやはり非常に面白くて一気読み。オーストラリアのバラマンディー釣りについて書かれた氏の本も読んでみたいという気持ちが強くなってきたのだった。うむ。

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こんな本を読んだ その224&225

 さて。例年なら地元河口へ早朝出かけて青物を狙うんだけれど、何気なく出かけた漁港のタチウオが猛烈に好調で、今月は10回以上釣行している。行けば必ずヒット。冷蔵庫はタチウオで一杯。煮てよし、焼いてよし、ムニエル風にしてもよしということで、まあ、釣れる時に釣っておこうという算段。キャッチ・イート派なので。

 そういうことで、釣行に忙しくて読書の方はぼちぼち。先日は、下川 博著 「弩(ど)」小学館刊を読んだ。鎌倉時代末~南北朝時代、「柿の渋」を商って豊かになった山村を舞台に、クロス・ボウ(ボウガンとも言うね)を手に野武士的武装集団と戦う農民たちの物語。面白かったです。物語そのものの面白さはもちろんのこと、いろいろと盛り込まれている歴史豆知識が興味深い。登山の雑誌を読んでいると「山、高きが故に尊からず」という文言があって、このことについては「高い山へ登ることだけがすごいということではなくて、登山する人の数だけ登山のスタイルがあってよいのですよ」という意味かと勝手に思っていたんだけれど。今回読んだ本によると、この言葉の後には「樹が有るを以て尊きと為す。人、肥えたるが故に尊からず。智が有るを以て尊きと為す」と続き、その出自は鎌倉時代に書かれた子ども向けの教科書なんだとか。・・・ なるほど。

 2冊目は、川崎 健著 「イワシと気候変動」 岩波新書。頭がすっかりルアー釣りモードなので、ベイトフィッシュの最右翼である「イワシ」という言葉に図書館で即ヒット。イワシやサバ、サンマなどの魚たちは、「レジーム・シフト」という地球規模のバイオマス変動を繰り返しているのだとか。

 ワシがルアー釣りを始めてぼちぼち20年になってくるけれど、始めた頃は地元の漁港へ真鰯の巨大な群れが入り込み、深夜の釣行の折、車のヘッドライトに驚いた魚群が水面で沸き立つようにはねる様が観察されたものだったけど。そんな光景も今は昔といった感。このことがまさに「レジーム・シフト」ということなのかしらん。この前から釣れ盛っているタチウオも、追い回しているのはイワシはイワシでも、カタクチイワシの方だし(料理をする時、胃の内容物を確認することが大切ね)。

 ということで、今日も夕方からタチウオ狙いで釣行の予定。いい加減、疲れが蓄積してきたけれども。

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絶好調のタチウオ

 ・・・ タチウオ釣り、好調です。本日で、累計62匹。行けば釣れる状態。

001 バケツを持って釣行。この日は11匹ゲット(写真はクリックすると大きくなるよ)。

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 タチウオ+サゴシ(鰆・サワラの若魚)もゲット。いい調子の9月ということですな。

003  かみさんも釣行。へたれでした。

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こんな本を読んだ その222&223

さて。9月も半ばを過ぎたけど、地元の湾でタチウオが豊漁だ。シラスを獲る網もタチウオでいっぱいとのこと。まあ、この場合は漁師さんも迷惑なのかも知れないけれど。「初秋の夕刻にちょっと釣りでも行こか~」という、釣り好き親父にはたまらない状況だ。先日13匹釣って、その2日後は11匹。次の日は雨だったけれど、レインウエアを着て3匹。日没後の2030分の間に釣れ盛るんだけれど、その時の興奮というのは、原始的~根元的な、ヒトとしての狩猟本能が満たされていく愉悦に満ちている。だいたいがノーヒットであるルアー釣り。そこにきて、この爆釣ぶりである。「嗜癖は時折の強化によって、より深まる」ということだけれど、まさにそういうことなのだ。

釣りモードに気持ちが切り替わるとあまり本も読まなくなるんだけれど、それでも先日は南木 佳士先生の「トラや」文藝春秋社刊を読了。病院の職員住宅に住み着いた野良猫の「トラ」との生活の中で再生していくうつ病のドクター(=南木先生)。いつものように、読むほどにココロの肩凝りがほぐされていくんだけれども、『永遠の不在は、遺された者の内に不在というかたちで残る。そして、それも遺された者の永遠の不在によって消滅する(本書P189)』というくだりでは、先日急逝した同窓生だった人のことを考えてしまった。南木先生の作品にはいたるところにこうした宝石が輝いていて、はっとしたり、うーむと考え込んだりさせてくれるのだ。この「トラや」は図書館でレンタルしたものなんだけれど、ちゃんと買って手元に置いておかないとダメな本ですな。

もう一冊は、中川 淳一郎著 「ウェブはバカと暇人のもの」 光文社新書。「ウェブ世界における集合知」といった言葉について、「それはとても頭がいい、一部の方々の話でしょう」と思っていたんだけれど、今回この本を読んで「やっぱり」と安心、納得しました。あらゆる道具と同じく、ネットも人それぞれの使い方という、結局は当たり前の話ということなのね。

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こんな本を読んだ その220&221

 9月も前半を過ぎようとしていて、一段と朝夕涼しくなってきた。若い時分は過ぎていく夏を惜しむ気持ちが強かったけど、最近では暑さから解放されてやれやれという気持ちの方が勝っている。秋の虫の音を聞きながらの読書。さらに寒くなればコタツで読書。本を読むにはいい季節になってくる。

 

ま。それはそれとして。買い置きしてあった南木先生の文庫本たちを読み尽くし積読状態の未読本が払底しているのだが、書店へは出かけていない。今月の20日過ぎ、同窓会でおーさかへ出かける予定なので、その時に都会の、大きな書店に寄ってこようと考えている。なので、先日は子の書架から、有川 浩著 「レインツリーの国」 新潮文庫をチョイス。

 「 ・・・ きっかけは『忘れられない本』。そこから始まったメールの交換。共通の趣味を持つ二人が接近するのに、それほど時間はかからなかった。まして、ネット内時間は流れが速い。僕は、あっという間に、どうしても彼女に会いたいと思うようになっていた。だが、彼女はどうしても会えないと言う。かたくなに会うのを拒む彼女には、そう主張せざるを得ない、ある理由があった」(背表紙・解説より)ということで。

 お仕事関係の機関誌であったか、あれこれいたたまれない事柄に対して人々は感受性の「感度」を下げることで自分の心身を守っている、現代というのはそういった環境にあるのですといった意味のことが書かれていたように思う。「レインツリーの・・・」はその対極の世界かしらん。ネット、メールと物語のための道具は今風だけれど、主人公たちの感受性はとても生きいきと描かれている。「若いって、いいよね~」と思いつつ、休日の午後一気に読み終えたのだった。

 

 次に読んだのは、貴志 祐介著 「黒い家」 角川ホラー文庫。これまた一気読み出来る面白さ。鱧(はも)用の出刃って怖いなあ。

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気分がスッキリしたタチウオ釣り

 今日は夜勤明け。潮位表を見れば20時過ぎの上げ止まりなので、「とりあえずタチウオ狙いでも・・・」といつもの漁港へ単独で釣行。台風の余波もすっかり治まっていて、テトラ際をイワシの群れが回遊。グッドな状況ではないですか。

 18時30分前からアタリがあって、19時までの30分で 13匹 というおめでたい釣果。嗚呼。すっきり。

003  帰って来てから記念撮影。50切れの切り身に。疲れました。

004  ヒットルアーはいつものハンドメイド。適当に作ったのによく釣れるんだ。これが(タチウオの歯で満身創痍状態だ)。「イワシパターン」でまだまだ釣れ続ける予感がするけれど、残念なことに明日は夕刻からお仕事なのだった。

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夕方、タチウオを釣りに出かける

 今日・明日とお休み。日中はいつものように家事をしたあと、昼寝+読書。潮位表を見れば満潮18時30分頃と、夕方ルアーでタチウオを釣るにはナイスな潮回りなので、まったりとした気持ちで出かけてみた。

 黄昏時、超高性能ルアーである(嘘)ひげ松ミノーで2匹ゲット。淡白&速やかに撤収し、帰宅したら20時前。なんとお手軽な。これからさらにサイズもアップすることでしょう。

001

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こんな本を読んだ その218&219

 さて。こよみは9月になり、宵のウォークに出かけると秋の虫の鳴き声がよく聞こえるようになってきた。昼間の暑さは相変わらずだけれども、季節は進行しているのだ。こんなふうに、当たり前のように季節の変化を認識し、しごく当然のように来年のことを考えたりするけれども(『年金特別便』を開いて自分の年金の受取額を見てあれこれ考えたりと、これまたずいぶんと先のことを考えてみたりも。ワシの日常は日々是好日なのである)。しかし、南木先生の「ふいに吹く風」が言い表しているように、人の寿命など不意に途切れてしまうものなのである。強くそう思う。

 ・・・ というのも、看護学校同期生の、突然の訃報である。胃癌であったらしい。とても美しい人であった彼女の、素敵な笑顔や声は、今も鮮やかに思い出すことが出来るのだ。記憶に残っているその姿を反芻しながら、ワシは彼女の冥福を祈ることにする。さよなら。みんなが好きだった人( ・・・ TAEちゃん、連絡ありがとう。夜勤に出かける直前だったので、ちゃんとアイサツもできませんでした。ごめんなさいね。TAEちゃんも無理しないようにね)。

 そんな、若いつもりでいるけれど、しっかり癌年齢なワシだけれども(先日の『災害派遣ナース研修』で若い人たちの群れを目の当たりにし、自分の年齢同一性が是正されたのね ← すぐブれるだろーけれども)、ま、日々粛々と生活していく他はなく。先日は、恩田 陸著 「黒と茶の幻想(下)」 講談社文庫を読了。アラフォー4人による「夜のピクニック」という印象やね。ウォークの道中で語られていく登場人物たちのそれぞれのココロ。

 2冊目は、新田 次郎著 「岩壁の掟 偽りの快晴」 新潮文庫。奥付を見れば、昭和53年・第9版の文字。先年、退職された方が詰所に老いて、いや置いていったもの。そのまま放置しておれば、どうせ塵まみれになってしまうに違いないから頂戴しておいたのだった。短編集なんだけど、昭和30年半ばという時代背景。かみさんの職場のトップな方が話していたらしいけど、「遊ぶというと、山登りか歌声喫茶しかなかった」のだとか。なので、最初の「岩壁の掟」では、うら若き女性がジャンダルムの岩壁や屏風岩を登ることに心血を注いだりする。さきの、「黒と茶の・・・」とは同じ山登りにしても、必死さがちがうのだ。で、心血を注いだ結果出来するそれぞれの悲劇。ま、小説の世界であるから悲劇性がことさら誇張せれているのは仕方ないけれども、ワシ的には山で命を落とすなどもってのほかであり、やはり人間、しっかり生き抜かねばならない。同窓生の訃報に接したりして、更にその思いを強くした真夜中なのである。

 生者は死者の思いを抱いて生き続けなければいけないのだ。

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