・・・ ワシのブログの「ワタシがよく利用するサイト」から「東京新聞WEB」というトコロにいき、さらに「サイト内検索」で「岳人」と入力すれば、このところ北兄もワシも愛読している山の専門雑誌、「岳人」のサイトに行き着く(最初から「岳人」と検索すればいいのですけど。まあ、ワシのブログから、ということで)。
右側に、「山のリンク集」という項目があって、そこから「日本勤労者山岳連盟」のサイトへ行くことが出来る。その中の「What’s new」のところに「第4回山岳事故調査報告書をアップしました」という項目が掲示されているのだけれども、これはとても勉強になった。
北兄もぜひ見てみていただきたい。
登山リーダーの遭難対策、ということで論考が提示されていて、それはどういうことかというと、HSISE = How Safe is Safe Enough = どの程度の安全で充分とするのか、という考え方が前提なのだとか。
・・・ そもそも登山という行為自体がある程度の危険を伴うものであり(交通事故に出くわす確率と同程度、というのを読んだことがある)、「どの程度」という線引きが難しいということであるのだが。まぁしかし、アドレナリン中毒な登山者とワシのような高度恐怖症的なアルキニストとでは、おのずと「安全さ」に対するイメージは違ってくるだろうね。
で。上述の「報告書」では、リスク回避のためには、ALARP = As Low As Reasonnably Practicable = 合理的に実施可能な限りリスクを下げる という考え方を基盤にしつつ、コトに臨むことが肝要と続く。
情報の収集(メディア・リテラシーというコトはあるにしても、ネットで情報を集めることが出来るのだから、便利な世の中ということだ)+オノレのイマジネーションに基づく充分な必要物品の準備、ということになるか。高倍率の単眼鏡は必要か、ということはさておき。
あとは肉体の鍛錬。
・・・ ここ数年アルキニスト化していて感じるのは、例えば、熊野古道で、コピーした分かりにくい地図を片手にまったく逆の方向に向かって歩いていた人であるとかペットボトルを握りしめたままワシの目の前に転げ落ちてきた人であるとか、そうした付け焼刃的情報、体力でもって中高年の登山ブームに立ち向かう人がやっぱりけっこうおられるのだなぁということだ。
そうした、リスクということについて、夜勤明けに考えてみたということなんだけど。
このことは個々の職業にについても同じことが言えるわけであって、これは以前のブログでも書いたけれど、上述の雑誌「岳人」の今年4月号では「遭難はなぜなくならないのか?」という特集が組まれていて、そこでは「交通事故はなぜなくならないか リスク行動の心理学」という本が紹介されている(P67)。そこには、「いくら安全対策を施しても、人々の意識の中にある『リスクの目標水準』が変わらなければ事故は減らない、とする画期的な考え方」という注釈が添えられているのである。
・・・ この『リスクの目標水準』が、心に高く設定されている人ほど誇り高きプロフェッショナルということになりますか。
・・・ 登山の時は登山三昧に。仕事の時は仕事三昧に。そうありたいものだ。
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