日々の読書で感じたこと

こんな本を読んだ その242&243

 ・・・ ビール類を購入する場合、とりあえず的に半ダースが1パックにまとめられたものを求めるんだけれど、ワシは1本残さず呑みきってしまうのである。毎度毎度。性分が几帳面なので。ちなみに大箱で買うと半ダース1パックが都合4パック梱包されていて、これを4回の飲酒機会に消費してしまうので、もう箱買いはしないことにしている。あくまでも半ダース1パック/回なのである。でもしかし、これから寒いし夜中にWCに行きたくなるしそもそもそうした呑み方は翌日酒毒との闘いが厳しいしということで、ちょっとパターンを変えてみることにした。先日読んだ 柴田 哲孝氏の「ダンサー」の主人公、有賀雄二郎が愛飲しているジム・ビーム。それと、酒屋の棚でこいつの隣に並んでいたアーリータイムズ。バーボンを飲る(「やる」と読んでね)のなんて実に久しぶりだけど、ダブルに注いだこいつをなめながら本を読むのはなかなか快適なのである。一杯で充分だし(ということは読んだ内容キチンと覚えているしで)。

 それはさておき。先日は子の書架から持ち出した、森見 登美彦著 「夜は短し歩けよ乙女」 角川文庫を読んだ。「 『黒髪の乙女』にひそかに想いを寄せる『先輩』は、夜の先斗町に、下鴨神社の古本市に、大学の学園祭に、彼女の姿を追い求めた。けれど先輩の想いに気づかない彼女は、頻発する“偶然の出逢い”にも『奇遇ですねえ』というばかり。そんな二人を待ち受けるのは、個性溢れる曲者たちと珍事件の数々だった。山本周五郎賞を受賞し、本屋大賞2位にも選ばれた、キュートでポップな恋愛ファンタジーの傑作!(背表紙・解説より)」ということで。4部構成になっているけど、それぞれ独特な世界が広がっていて実にオモチロイ。子も氏の作品が大好きでワシもこのことには同感なのであった。それにしても、最終章の「魔風邪恋風邪」で描かれている状況、猖獗を極める最近の流感を彷彿させるのが苦笑い。ワシは20日にこいつのワクチン接種をしてもらったけれど、かみさんの時と同様、施行部位は腫れもせず赤くもならず。以前にも書いたけれど、免疫系がメモリーしていない新しいウイルスのワクチンだから、注射した部位に白血球が集まらないということですか。

 

 2冊目は、三咲 光郎著 「砲台島」 早川書房。砲台島=紀淡海峡に浮かぶ友ケ島のことで、先の大戦中は大阪湾を防衛する要塞であったという。現在はレンガ造りの火薬庫跡などを見ることが出来るらしい(山と渓谷社の「和歌山の山」で紹介されている)。物語は大戦末期、島で発生した砲兵たちの焼殺事件を端緒に進んでいくのだが、重厚な描写は読みごたえ十分。和歌山の方言もキッチリと記されていて臨場感たっぷりだ。この本、書店の店頭に並んでいた時買いそびれて、先日図書館で巡りあい即レンタルしたものでした。助かるわ。めだか姐さんが読みたいという「時間の止まった家」という新書も図書館の蔵書。ぜひレンタルを。あの、棚に収められている新書をどんどん読んでいけば、ずいぶん賢くなれるのではないかとワシは思っている。あ。すぐ忘れてしまうからそうでもないか catface 。

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こんな本を読んだ その240&241

 町内に新しく出来た図書館。町の広報を読むと、開設にあたっての書籍の購入予算が6000万円余なんだとか。う~む。すごい。ろくせんまんで本を買う。で、うれしいことに、最近ひいきにしている柴田哲孝氏の作品もしっかり収められている。購入担当のスッタフの方のセンスがいいのだろう。きっと good 。

 

 先日読み終えたのは、氏の作品の一つである 「ダンサー」文藝春秋社刊。「KAPPA」「TENGU」「RYU」など、UMA的生物(?)を題材にしたシリーズの最新板という位置づけなんだけど、予想通りのよさ。「KAPPA」の登場人物たちの10数年後。主人公の有賀雄二郎は47歳。小学生だった一人息子の雄輝はトラブルの震源地となる大学で研究員を勤めている。「47歳の親父だが、なお意気軒昂」という設定で、ついつい「おー。親父がんばれ」などと声援を送りたくなってしまうけれど、読者のワシと少ししか歳が違うだけではないですか(主人公の方がお兄さんね)。相変わらずの「年齢同一性障害」=「いつまでも自分は若いと思いこんでいる」。

 

 今回のUMA的生物である「ダンサー」は大学の研究室生まれだからUMAにあらず。しかし、冒頭の禍々しさからはじまって、徐々に明らかにされるその出自。さらに最期に見せる哀れさと可愛らしさ。一段と「キャラが立ったもう一方の主人公」として描かれている。さらに「キメラ(二個以上の胚に由来する細胞集団から形成された個体との由)」とか「トランスジェニック・マウス」とか「マイクロ・インジェクション」とか「サイ追跡」などの?的言葉が次々出てきて、これもオモロ。ラストは続編への予感タップリの終わり方。柴田哲孝氏は最高ですな。

 ・・・ 今回はルアー釣りの場面はないだろうなあと思いながら読み進んでいると、あ、キチンと描かれていました。サーフでのヒラメ釣り。しかもルアーは主人公のハンドメイド(カラーの描写もある)。だから柴田哲孝氏は最高なんですよ。読後、マッカランをヤりたくなる一冊(作中に、それは美味しそうにこいつを呑む場面があるのだ)。

 2冊目は、関 なおみ著 「時間の止まった家 『要介護』の現場から」光文社新書。ドクターである著者は、「小児科医として大学病院勤務の後、介護保険制度開始前後の1999年より2002年まで東京都23区内の基幹型在宅介護支援センターに勤務」しておられたのだけれど、その時に経験した、いわゆる「困難事例」についてのレポートだ。

 

 「ゴミ屋敷」という言葉もすっかりおなじみになった感じがするよね。でも、TVなどでその伝え方を見ていると、「まあ、我々フツーに暮らしている者にはゼンゼン関係ないけれど、困ったお年寄りがいて、こんなにたくさんゴミを溜めているんですよ。まるで我々とは違う世界に生きているんでしょうね」というスタンス。でも、この本は、誰もがゴミ屋敷の住人となり得るということをまざまざと眼の前に突きつけてくるのだ。年老いた自分を襲う病気や孤独、お金の心配などなど。今の安寧や「近代的自我」なんて、砂上の楼閣なのデスよと思わせてくれる読後感。 生きていくのはたいへんなのだ。うーむ coldsweats01

 

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こんな本を読んだ その237~239

 さて。住処の周辺では大規模な道路工事が進行中。その一環として、先日からは住処の敷地をかすめるように工事が行われていて、各種重機のエンジン音が騒々しい。ま、窓を閉めていれば気にならないので相変わらず読書 book 。

 1冊目は、森村誠一著 「新・野生の証明」 角川書店。・・・ 降参です。面白く感じる人には面白いんでしょう。きっと。ワシにはちょっと。2年ほど前に読んだ「エンドレス・ピーク」はよかったけどなぁ。

 2冊目は、大倉崇裕著 「生還 山岳捜査官 釜谷亮二」 山と渓谷社。卓越した眼力をもつ主人公が事件を解決していくのは、横山秀夫の「臨場」や東野圭吾の「ガリレオ」シリーズと同じ構造だけれど、この作品の舞台となるのは山。作者自身、学生時代に登山を経験していたということで、状況描写はリアル。木々の間から見えるのはガスばかりという視界の効かない場面などは、夏の百間山尾根筋を思い出してしまい、思わず苦笑いでした。なかなか面白く、1日で読了。

 3冊目は、安保 徹著 「『まじめ』をやめれば病気にならない」 PHP新書。3冊の中ではこの本が一番興味深く読むことが出来た。「現代人の万病の元はストレスだった?! 残業続きで働きすぎ、夜遅くまでパソコンのしすぎ、人間関係で悩みすぎ。まじめな人ほど病気になりやすい。飲み食いで解消するのも限界がある。体を守る白血球と体全体を束ねる自律神経の関係を解明、『病は気から』を医学的に証明した世界的免疫学者が、いつまでもボケずに健康でいられる秘訣を伝授。『70歳まで無理せず働く』『笑みを絶やさない』『毎日歩く』など、ちょっとした工夫で体調はみるみるよくなる。体の声を聞けば、免疫力は自然と高まる!(本書 内容紹介より)」ということで。ま、かみさんに言わせると、ワシなどは仕事はテキトーだしよく寝るし人間関係など最初から悩むほどないし、ということで、すでに本書の教えは実践出来ているらしい。でも、ワシ的には、ルアーが思うように作れなかったり行けども行けども釣れなかったり模型がうまく塗れなかったりといろいろストレスにさらされているんだけれど。かみさんは分かっていないのだ catface 。

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こんな本を読んだ その236

 ・・・ 住処のお掃除と布団干しが中心の、スバラシキ主夫的生活を繰り返していたらあっという間に今年も残すところあと2ケ月。暇であることとか、単調な生活であることに対して「ワシはここでなにをやっているのか」といった自意識過剰な焦りを抱く、ということは最近は全くなくて、むしろこの凡庸さが心地よい。いや心地よく感じていていいのだと思うようになったのは、南木先生の著作をいっとき集中的に読んでからだ。このことと関連して、最近になって改めて考えるのは、「ワシは前の職場に居続けたらきっとうつ病になっていたろうし、今みたいに髪もたくさん残っていなかっただろうなあ(まあ、丸刈りだけれど)」ということだ。ホント、「捨てなければ得られないモノ(特に、無形の)」というものはあるのである。

 

 それはそれとして。10月末の2日間で 道尾秀介著 「ソロモンの犬」 文藝春秋社を読んだ。先日の「片目の猿」に続いて、氏の本は3冊目。この「片目の・・・」の解説の中で、「作者はミステリというスタイルの中で人間を描いているのだ」といったことが書かれていたけれど、本作「ソロモンの・・・」はまさにそういうことなんですねと感じ入りながら気持ちよく通読。動物学者の間宮未知夫がいろいろなエピソードに巻き込まれるのかしらんと思っていたけれどもそうではない。その個性は際だっているけれど役回りは控え目で、あくまでも大学生4人のココロの動きが中心。なんともいたたまれない結末が用意されていることかと嘆息させられそうになるけれど、そこは氏のうまさの真骨頂ということで。なるほど。そういうことですかと納得しつつワシは深夜のお仕事に着手することが出来たのだった。いいなあ。道尾秀介さん。次々読まないと。

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こんな本を読んだ その233~235

 10月も終わりだけれど、先日受診したドックの結果が封書で届いていた。総コレステロールが244と高めだが、後は無問題。胃透視も便潜血も。何度か人間ドックを受けてきて、そのたびに胃カメラだの大腸ファイバーだの上からも下からもチューブを挿入してもらってきたけど、今回初めて再受診の必要がないということになったのだ。・・・ これはひとえに「酒を呑まない」ということに尽きるのね。やはり酒毒は体を蝕むのである。怖い。怖い。「ドックで異常がなかったから」ということで祝杯として3日でトータル23缶発泡酒を呑んだけれど(えらいでちょ)、また断酒生活に戻って精進しているのだ catface 。

ということで。最近の読書。1冊目は、子が買ってきて2時間で読んでしまい、続いてかみさんも読んだらこれが大絶賛だったという、道尾秀介著 「片目の猿」 新潮文庫。 「 ・・・ 盗聴専門の探偵、それが俺の職業だ。目下の仕事は産業スパイを洗い出すこと。楽器メーカーからの依頼でライバル社の調査を続けるうちに、冬絵の存在を知った。同業者だった彼女をスカウトし、チームプレイで核心に迫ろうとしていた矢先に殺人事件が起きる。俺たちは否応なしに、その渦中に巻き込まれていった。謎。そして・・・。ソウルと技巧が絶妙なハーモニーを奏でる長編ミステリ(本書背表紙より)」 あの超絶傑作「向日葵の咲かない夏」以来、氏の著作を読むのは2冊目だけど、今回も期待以上の面白さ。「なるほど。そういうことだったのですね」と深く深く納得させてくれるラスト。うまいなあ。

 2冊目は、 早川いくを著 「へんないきもの 三千里」バジリコ出版社。あのゆかいな、「へんないきもの」で紹介されていた、へんな生き物たちが小説でふたたび登場。魚や軟体動物、節足動物が好きな人たち(ワシもその一人だ)にとっては、非常に和みつつ読み進める本でしょう(ま、再読はまずしないだろうから、いつもお世話になっている図書館でレンタルしたものを読んだのだった)。お話の半ば、主人公の少女が「ミクロの決死圏」さながらにヒトの血管内で免疫細胞に攻撃を受ける場面があるんだけれど。かみさんは数日前に新型インフルの予防接種を受けたということだが、いつもは赤く硬結する注射部位が今回の場合は少し赤くなっている程度。ワシはこの場面を読みつつ「かみさんの身体にとって新型インフルはまったく初めての遭遇であるから、免疫系のメモリー細胞も活性せず注射部位の戦いは静かに進行しているのだなあ」と一人うなずいたのだった。

 3冊目は、島田雅彦・しりあがり寿の対談「一度死んでみますか?」PHP新書。あっという間に読んでしまったけれど、あれ? なんにも印象が残っていないな empty 。

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こんな本を読んだ その232

・・・ このところ、町へ出かけて本を買って帰るということがまったくない。

出不精に加えて、燎原の火のごとく流行しているインフルエンザの状況を新聞の地方版で読むにつけ、大勢のお客で賑わう大きな書店へ出かけることを躊躇してしまうのである。なので、もっぱら、図書館でレンタルして読書を楽しんでいる。お世話になっている件の図書館、各出版社の新書が充実しているのがうれしいのだ。興味深いテーマについて書かれたものがいろいろあるし。

 先日読んだのは、香山リカ著 「『私はうつ』と言いたがる人たち」PHP新書。香山先生は、格差社会はうつ病を患う人たちにも認められるということを指摘。なんでも、大企業の社員や公務員など福利厚生の制度が充実している立場にある人にうつ病の診断がつけられると時として「うつ病セレブ」化する一方で、国民保険料が支払えなかったり仕事を休めなかったりという弱い立場の人の方はシリアスな状況に陥っていても病院を受診することすら出来ずに「うつ病難民」化してしまうことが多いのだとか。加えて、うつ病という診断を医者につけられることは、「うつ病と闘病する私」というアイデンティティを付与するという意味合いもあるのだという。こうなってくると、昔、教科書で習ったような「きまじめな性分の人物が仕事で孤軍奮闘した結果燃え尽きてうつ病になってしまう」という認識は通用しなくなってくる。ワシが働き始めて20数年。世の中の様子がすっかり様変わりしたのと同様、ココロの病気の様子も様変わりなのである。しかし、「病気でいること」に価値を求める方々にとって「うつ病」はありきたりの病気になってしまったきらいがあるので、これからは「筋原繊維痛症」がそうした方々の拠り所になるかもという先生の記述はワシにとっては(?)でした。うーむ。本当かな。

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こんな本を読んだ その230&231

 さて。ここへ新しい記事をアップするのも間隔が開いてきた。「リア充」というわけではないけれど、あれこれ細々と忙しい。やることがたくさんある。それでも合間を縫うように、断片的時間で読書。

 1冊目は、本田 透・掘田 純司共著 「自殺するなら、引きこもれ」 光文社新書。「 ・・・ いい学校からいい会社に入って、一生安泰という時代はおわりを告げた。かたや学校で頻発するいじめ自殺。それを隠蔽しようとし『いじめはなかった』と強弁するダメ教師と無能な教育委員会、性根のくさった加害者とそれをかばう親。さらには教師自らいじめに荷担することも。もはや、こんなストレスだらけの学校に通う理由はひとつもない。本書では、多くの人間が囚われている『学校信仰』を相対化し、不登校児や引きこもりを病気のように扱う社会の価値観がいかにおかしいかを解く。そして、共同体の解体と雇用の流動化が進み、価値観が多様化した時代を前向きに捉え、それに適応する新しい生き方を提案する(本書解説より)」ということで。

 著者のお2人も引きこもりや不登校を経験したことがおありなのだとか。その経験に基づく記述は興味深く読むことが出来た。お2人とも紆余曲折を経て大学を出、多彩に御活躍との由。学歴不要ということではなくて、行きたくない今の学校にこだわらなくても人生いろいろな登り道があるのですよということね。

 2冊目の 江川 達也著「“全身漫画”家」光文社新書も学校の存在を相対化してみせるのは同じスタンス。おもしろかったです。

 ・・・ で。今日、午前4時に起きて地元の河口(有名なルアー釣りのポイントだ)へ釣行。青物狙いでフルキャストを繰り返していたら、並継のロッドの穂先がロケット状に飛翔。ルアーとラインの接続部も勢いよく引きちぎっていったものだから、回収出来ずに海の藻屑。しかも時合の真っ最中に。一瞬でキレてしまったワシは手尻の方をへし折って、リールだけ携えて帰路に着いたのだった(午前6時に)。しょうもない。ちなみに竿は5諭吉↑。値段の割にタチウオ4匹しか釣ったことがないという。穂先を購入する数諭吉で、最新の、高性能の竿が買えるだろうというトリアージ的判断を瞬時に行ったのだった。しょうもない。あ。そういえばルアーも1個ロストではないか。・・・ ほんま、釣行は悲喜こもごもやね。

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こんな本を読んだ その227&228&229

 さて。先月の絶好調とは大きなギャップ。今月はまさかの2連続ノーヒットというスタートになった海のルアー釣りなんだけれども。「海況が好ましくない」ということにしておいて、釣行はしばらく休憩。昨日(7日)はかみさんの勤務先へ人間ドックに行ってきた。以前から指摘されていた「胆嚢ポリープ」の個数やサイズも変化なしとのこと。ほぼ断酒状態なので二次検診は必要ないだろうと想像しているんだけれども。先月の同期生の早逝という事態もあり、いろいろ考えてしまう今年の秋なのである。

で。読書の方はというと、図書館でレンタルしてきた本を3冊。1冊目は、湯浅 誠著 「反貧困」 岩波新書。いわゆる「セーフティー・ネット」といったものは画餅であって、ひとたび貧困の坂を落ち始めると行きつくところまで行ってしまうのが「すべり台社会」である日本の現状であるのだとか。また、現代の貧困は単に貧乏というだけではなくて、個々人にとって有形・無形の余裕の基盤となるべきもの(お金、人脈や家族、資格や仕事等々。氏は『溜め』と名付けておられる)が枯渇した状態であるという。恐ろしい。「我々が住む国はここまできてしまっているのか!」と愕然とさせられる本なのである。まあ、ワシらのような仕事であっても「すべり台社会」は無縁ではなくて、研修に行ったりすると講師の先生が「今勤めているところを辞めたらダメですよ。辞めれば辞めるほど条件の悪いところに勤めなければならなくなりますよ」と熱く語っておられたのをまざまざと思い出したりする。そう言えば阿保先生も、著書の中で、たたき上げの職員が働き辛くなってきている状況に言及しておられたのではなかったか。・・・ ワシ自身のことを考えるとこの仕事を20数年続けてきたわけだけれども、今後もいい感じで乗り切ることが出来るよう、「溜め」を増やす努力を続けなければなるまいと強く感じたのだった。一読して。

2冊目は、春日 武彦著 「問題は、躁なんです」 光文社新書。春日先生の本を読むのは2冊目だけれど、さまざまな示唆、事例が満載で面白く読むことが出来た(数時間で一気読み)。中でも、わが郷土出身の有名な作家である有吉佐和子の躁的エピソードはとても興味深い。また、躁うつ病者への精神療法について書かれた書物について、「 ・・・ どんな精神症状を呈した患者に対しても『本当のあなたは自尊心の低さや罪悪感や恥辱感に苦しんでおり、それを覆い隠して自分を守るためにあのような症状が出現するに至ったのですよ』と、低く重々しい声で囁かれれば、必ずや相手は納得してしまうだろうなと想像せずにはいられない。・・・ 中略 ・・・ 精神医療の胡散臭さは、このようなあまりにも『まことしやかな』言説が横行し過ぎることが一因であるに違いない」と指摘しておられる。日常の看護の場を振り返ると、患者さんのことをある理論でもって表現することを試みて、それがうまくまとまると悦に入ったりすることがあるけれども、こりゃ賢しらな自己満足ということであって自戒する必要があるということだ(「反貧困」の冒頭、著者の湯浅氏も、「人を理解する、知るという行為は丁寧な作業でなければならない」と記しておられる)。気をつけないと。

3冊目は、水無田気流(みなしたきりう)著 「黒山もこもこ、抜けたら荒野 デフレ世代の憂鬱と希望」 光文社新書。1970年生まれの著者にとって幼い時分の思い出(上野動物園のパンダやらディズニーやら)は猛烈な人出で大人の頭が黒山のごとくもこもこ。バブルもけし飛び、就職氷河期に出ていくことになった社会はさながら荒野であったという。著者の水無田先生は自らを「知識集約型高齢フリーター」と表現しておられるが、1冊目の「反貧困」に記されている、「溜め」に事欠くフリーターの人たちとは違うでしょうと感じつつ読了( ・・・ それにしても、ワシとかかみさんは子の時から「人間は手に職をつけやんとあかん」と言われ続けてきてそのようにしたけれど。こうしたシンプルそのものな処世訓が結局有効なのではないのかと思ったりもしつつ)。

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こんな本を読んだ その226

さて。9月も逝ってしまうけれど、今月は、タチウオ釣りに関して、ルアー釣りを始めて最高のおめでたい釣果に恵まれる結果となったのだ。トータル73。一方、損耗したルアーは3個(いずれも手作りのものだったので、員数を満たすため新たに4個を製作。その様子は後日アップの予定。見てね)。件のタチウオ、スーパーなどで値段をチェックしてみると、まあまあサイズの切り身×4切れで400円少々。73匹となると、これはそれなりの値段になり、「家計のやりくりに貢献したから、新しいルアーを調達するための軍資金をあげましょうね」などとかみさんの勇断が下るということは、絶対にない。

ま。今日は雨降りなので釣行しないけれども、今後、秋が深まるとともに早朝の河口でハマチ&シオ。また、タチウオと入れ替わるようにアオリイカの釣果が上がるようになってくるだろう。楽しみなのである。

こんなふうに、余暇は釣りモード全開なので、読書も釣り関連のものをチョイスすることになる。先日は、柴田 哲孝著 「日本怪魚伝」 角川文芸出版 を読んだ。長編小説「RYU(龍)」や「KAPPA(カッパ)」の中で臨場感あふれるルアー釣りのエピソードを描いておられる氏の、魚と釣りをベースにした短編集。地元の図書館も、なかなかシブイ本を収めてくれているものである。読み始めるとやはり非常に面白くて一気読み。オーストラリアのバラマンディー釣りについて書かれた氏の本も読んでみたいという気持ちが強くなってきたのだった。うむ。

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こんな本を読んだ その224&225

 さて。例年なら地元河口へ早朝出かけて青物を狙うんだけれど、何気なく出かけた漁港のタチウオが猛烈に好調で、今月は10回以上釣行している。行けば必ずヒット。冷蔵庫はタチウオで一杯。煮てよし、焼いてよし、ムニエル風にしてもよしということで、まあ、釣れる時に釣っておこうという算段。キャッチ・イート派なので。

 そういうことで、釣行に忙しくて読書の方はぼちぼち。先日は、下川 博著 「弩(ど)」小学館刊を読んだ。鎌倉時代末~南北朝時代、「柿の渋」を商って豊かになった山村を舞台に、クロス・ボウ(ボウガンとも言うね)を手に野武士的武装集団と戦う農民たちの物語。面白かったです。物語そのものの面白さはもちろんのこと、いろいろと盛り込まれている歴史豆知識が興味深い。登山の雑誌を読んでいると「山、高きが故に尊からず」という文言があって、このことについては「高い山へ登ることだけがすごいということではなくて、登山する人の数だけ登山のスタイルがあってよいのですよ」という意味かと勝手に思っていたんだけれど。今回読んだ本によると、この言葉の後には「樹が有るを以て尊きと為す。人、肥えたるが故に尊からず。智が有るを以て尊きと為す」と続き、その出自は鎌倉時代に書かれた子ども向けの教科書なんだとか。・・・ なるほど。

 2冊目は、川崎 健著 「イワシと気候変動」 岩波新書。頭がすっかりルアー釣りモードなので、ベイトフィッシュの最右翼である「イワシ」という言葉に図書館で即ヒット。イワシやサバ、サンマなどの魚たちは、「レジーム・シフト」という地球規模のバイオマス変動を繰り返しているのだとか。

 ワシがルアー釣りを始めてぼちぼち20年になってくるけれど、始めた頃は地元の漁港へ真鰯の巨大な群れが入り込み、深夜の釣行の折、車のヘッドライトに驚いた魚群が水面で沸き立つようにはねる様が観察されたものだったけど。そんな光景も今は昔といった感。このことがまさに「レジーム・シフト」ということなのかしらん。この前から釣れ盛っているタチウオも、追い回しているのはイワシはイワシでも、カタクチイワシの方だし(料理をする時、胃の内容物を確認することが大切ね)。

 ということで、今日も夕方からタチウオ狙いで釣行の予定。いい加減、疲れが蓄積してきたけれども。

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